自律型海中ロボット「r2D4」、明神礁のカルデラに潜る
2005年08月31日
r2D4研究開発チーム
1.概要
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明神礁(東京の南約400km、北緯31度55分、東経140度02分:図1、2参照)は、伊豆小笠原海域に位置し、1870年〜1970年までの100年間に11回の噴火を起こしている海底火山です。1952年の爆発では、現場を調査中の海上保安庁水路部所属第5海洋丸が遭難し、研究者を含む31名が殉職、その後、長らく立ち入り禁止となっていました。
明神礁や小笠原海域一帯の海洋底には背弧海盆が拡がり、銅やコバルトなどを含んだ熱水性鉱床が存在することが予測されており、我が国の資源確保の観点からも注目されています。しかし、特に明神礁の周辺は、3ノットを超える流速の黒潮に洗われており、噴火の危険性があるために、既存のシステムでは観測することが難しく、これまで乏しい情報しか取得できていませんでした。
東京大学生産技術研究所海中工学研究センターを中心とする研究グループは、熱水性鉱床を発見するために、流れが強く、海底面形状が複雑な明神礁に向かい、最新鋭の中型の自律型海中ロボット(注1)である「r2D4」(注2、注3、図3、図4参照)を8月19日に明神礁のカルデラ内に潜航させ、搭載している観測機器(新しく開発した小型現場型マンガン分析装置、サイドスキャンソナー、TVカメラなど)で観測することに成功しました。「r2D4」はカルデラ底の水深1000mからカルデラ縁水深500mの間を測線に沿って往復し、カルデラ内で約6時間にわたり3次元的な観測をしました。マンガンイオンの濃度分布などの計測データより、カルデラ内にて熱水活動があることの確かな証拠を得ました。これは熱水性鉱床の存在を示唆するもので、我が国が国内で銅、コバルト、ニッケルなどの有用非鉄金属資源を確保するための重要な情報となるものです。また、中央火口丘の北西斜面の形をインターフェロメトリソナーにて詳細に観測しました。
自律型海中ロボットは、海中や海底の観測のための新しい動くプラットフォームとして注目され、欧米や日本を中心に研究開発が進んでいます。今回の「r2D4」の潜航は、熱水性鉱床の存在が予測される複雑な形状の背弧海盆での自律型海中ロボットを用いた観測活動に先鞭をつけるもので、カルデラ内の自律型海中ロボットによる自動観測は世界的にも初めてのものです。「r2D4」の慣性航法装置の精度が高く、危険を避けるための多様な方策がロボット航行のプログラムの中に作り込まれているので、安心して崖の切り立ったカルデラ内へロボットを展開することができました。
東京大学生産技術研究所海中工学研究センター(センター長:浦 環 )は1984年より自律型海中ロボットの開発研究に着手し、これまでに様々な自律型海中ロボット(http://underwater.iis.u-tokyo.ac.jp/参照)を開発し、多くの成果を挙げてきました。「r2D4」は、深海知能ロボットとも呼ばれる最新鋭のロボットで、2003年7月に最初の潜航をおこない、これまでに日本海の佐渡島沖の断層の観測、冷湧水が湧く黒島海丘の観測、活動中のロタ島沖海底火山の観測に成功してきた実績があります。今回は、熱水性鉱床を発見するという目的のために、流れが速く、海底面形状が複雑な明神礁に「r2D4」を展開しました。また、多様な海域での潜航経験を増やし、潜航結果と観測結果をフィードバックすることで、「r2D4」の性能を向上させ、かつ、無人機の自律機能の可能性を探り、自律型海中ロボットの将来を拓くことが期待されます。
東京大学生産技術研究所、同海洋研究所、同大学院工学系研究科、東北大学大学院理学系研究科、京都大学化学研究所、産業技術総合研究所、および三井造船(株)のメンバーにより構成されている「r2D4」の研究開発チームは、海洋研究開発機構所属の「かいれい」(船長:漁野伸哉氏)を支援母船(注4)として2005年8月16日に横須賀港を出港し、8月17日に小笠原海域に到着、8月22日までに6回の潜航をおこないました。更に多くの潜航をおこない、観測を続けようとしましたが、折からの台風の発生で、予定を半分に切り上げて23日に帰港しました。
2.潜航の概要
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1)明神礁
明神礁は東京の南約400km、北緯31度55分、東経140度02分に位置する活火山で阿蘇山のような形をしています(図5参照)。東西9km南北7kmの外輪山の東北部が1950年代に活発な活動を繰り広げました。外輪山の西側はベヨネーズ列岩となって海面から突出しています。カルデラ底はほぼ平坦で1,100mの深度があります。
その北西側には明神海丘、西側にはベヨネーズ海丘の二つのカルデラがあり、それぞれ、サンライズ鉱床と白嶺鉱床の熱水性鉱床が発見されています。
明神礁の周辺は、黒潮の通り道になっており複雑で強い流れがあり、冬は波が高いためROVなどを降ろすことが困難な海況であることが多いこと、さらに、火山活動の危険性により、海底に計測器を降ろして観測することは非常に困難です。曳航体を使っての観測は一般的な方法ですが、明神礁のカルデラのように切り立った崖に囲まれた場所での観測は、曳航体を崖にぶつける可能性があり、極めて危険な作業になるため、おこなわれていません
2)潜航方法
「r2D4」は、潜航直前に、緯度、経度、深度で表された航路点(Way Point)および航路点間の行動様式が書かれた潜航計画表を受け取ります。海面上の「r2D4」は潜航開始の指示を無線で受けるとこの計画表に従って潜航します。障害物を回避する行動や自身の状態をモニターして行動計画を変更することに関して、「r2D4」はオペレータの指示を仰ぐことはせず、自ら決定して潜航をおこないます。したがって、支援母船上の我々は、「r2D4」に取り付けられた音響発信器(トランスポンダ)からくる信号により「r2D4」の位置を把握し、帰ってくることを待つだけです。
「r2D4」の内部状態は、音響通信装置を使ってモニターすることができます。しかし、それは、支援母船上の我々が安心するためにのみ使い、緊急の場合(例えば海況が急に悪くなって浮上しなければならない場合)や、「r2D4」の慣性航法装置に誤差がたまってきて位置誤差を補正する必要が生じた場合など以外に、我々は「r2D4」に何かを命令することはありません。今回の6回の潜航を通じ、ロボットは独自の判断で浮上しています。したがって、「ロボット」というに相応しいものです。
ただし、「r2D4」の最大速度は3ノットです。従って、3ノットの潮流に逆らって進むことはできません。また逆に潮流に乗って速度が出過ぎてもいけません。今回、明神礁の西側では約260mの深度まで3ノットを超える強い流れがあることが観測されました。「ロボット」は強風の最中に外を出歩く人間にも似た環境に置かれていたのです。
3)潜航
「r2D4」は、8月17日から8月22日まで6回の潜航をおこないました。各潜航の概要は以下に示す通りです。海況および時間的な制約の中で最大限の潜航をおこないましたが、3ノットを超える流れを初めて経験するために、潜航は困難を極めました。
#20潜航(注5)では、外気温と海の表面水温が高いために圧力容器内の温度が50度以上に上昇し、ロボットは途中で潜航を諦めて戻ってきました。
#21潜航では、3ノットの潮の流れに乗ったために速度が出すぎて、ロボットは危険を感じ、途中で潜航を諦めて戻ってきました。
#22潜航では、慣性航法装置の位置誤差が異常に拡大し、ロボットは途中で潜航を諦めて戻ってきました。
#23潜航(図6、7、8参照)では、ベヨネーズ列岩の北側でロボットを海面に降ろして潜航させ、順調にカルデラ内へと潜り込み、深度を1000mから500mへと変えながらカルデラの西側で海水の性質を調べ、また、同時にカルデラの底面、中央火口丘の西側をサイドスキャンソナーなどを使って観測しました。中央火口丘の西側斜面、約950m深度の場所で鉛直下降上昇をし、安全に高度15mまで崖の下部へと接近しました。その後、カルデラ底で中央火口丘の北側を回り込もうとしたときに、予定航路より北に約200mずれたために、切り立った崖に接近しすぎ、ロボットはそこで潜航を継続することを諦めて戻ってきました。
この潜航の結果、カルデラ内のマンガンイオン濃度(図11、注6参照)の分布を広範囲に計測することに成功しました。これにより、熱水活動がおこっていることを確信できるデータを得ることができ、その深度を予測しました。
#24潜航では、ベヨネーズ列岩の南東側から潜航させましたが、深さ300mの外輪山の崖の上(ロボットの深度は250m)にて、正面から約3ノットの流れを受け、この流れに逆らって進むことができず、約30分間、なんとかこれを乗り越えようと努力をしましたが、結局この流れを越えることができずに、ロボットはそこで潜航を諦めて戻ってきました。
#25潜航では、#24潜航に引き続き潜航させ、三成分磁力計のキャリブレーションをおこないました。
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