海中ロボットによるマッコウ観測NT05-15航海日記

2005.9.4 --> 9.17

航海の目的と背景

 広大な海に棲息し、餌となる巨大イカを求めて時には2,000mの深海底まで潜航するというマッコウクジラ。その生態の多くは未知であり謎に満ちている。海という人間にとって困難な環境にあっては、観測手法が限られているためである。だが、近年の海洋工学の進展により、新たな工学的手法の導入による鯨類観測が進展しつつある。小型無線機やARGOS衛星を利用した調査、小型化が進むデータローガーの着装などが挙げられるが、われわれの研究グループでは、自律型海中ロボット(AUV: Autonomous Underwater Vehicle)を観測プラットフォームとして用いて、深海へと潜航するマッコウクジラを追跡・接近観測する手法の確立を中心に研究を進めている。
Blow するマッコウクジラ 
2002年小笠原にて撮影
 広い海を人間に代わって自由に潜航できるAUVは、1980年代以降急速に研究開発が進み、実用化されている。現在、日本の代表的な実用航行型AUVとしては、東京大学生産技術研究所が開発した「R-One Robot」とその後継機である「r2D4」、およびKDDI研究所が開発した「AQUA EXPLORER 2」、「AQUA EXPLORER 2000」(現在KCS所属)が挙げられる。これらAUVは、高速潜航性能に優れ、雑音が少ない。そこで、海中を高速で移動する大型鯨類の体に触れることなく観測するというAUVを利用したアプリケーション展開の可能性を模索して、1998年に研究を開始した。


ザトウクジラの追跡実験のため着水する
「AQUA EXPLORER 2000」 2000年座間味
 鯨類の多くは鳴音と呼ばれる音を発する。ザトウクジラの雄は低周波の歌をうたい、マッコウクジラは潜航時に独特の高周波のクリック音を発する。われわれはこれに着目、それぞれの鯨類に特有な鳴音をそれに適合した手法で解析し、その音響特性を利用して、まったくパッシブな方法で音源を特定する小型音響装置を開発し、これを水中プラットフォームとしてのAUVに搭載して観測をおこなうことを考えて、システムの開発に着手、まず、ザトウクジラの観測を目指して、ザトウクジラの鳴音を解析しリアルタイムで音の聞こえてくる方位を探知するシステムを構築、1999年と2000年に、座間味諸島でザトウクジラの追跡実験をおこない、2000年には1頭のクジラに50mの至近距離にまで接近することに成功した。実験には「AQUA EXPLORER 2」あるいは「AQUA EXPLORER 2000」を利用し、小型の作業船から展開して観測をおこなった。

マッコウクジラの特徴的なクリック音

AUVによるマッコウクジラの観測

 この成果を踏まえて、次に、小笠原諸島近海に棲息するマッコウクジラの本格的な観測研究を2002年から開始した。2002年8月には、小型漁船を借りて2個のハイドロフォンを用いてマッコウクジラの鳴音を録音し、クリック音の解析を進めてその特性を分析した。翌2003年8月は、AUV展開の前段階として、4個のハイドロフォンから成るハイドロフォンアレイ2組による小型SBLシステムを作成し、小型漁船2隻(一隻がAUVに該当し、もう一隻は支援船である)に搭載、取得したクリック音データからマッコウクジラの位置情報(方位・深度)を算出することでその航跡を求め、個体識別および個体数をおこなうという実験をおこなった。船上のSBL処理部には高速信号処理装置FPGAを組み込み、リアルタイム性を追求している。実験後、データ解析により数頭のマッコウクジラの位置情報、航跡図が得られている。

小笠原の海  2003年

マッコウクジラの潜水深度変化

マッコウクジラの潜水時の軌跡
 次は、システムのAUVへの実装と展開実験である。小笠原諸島には、AUVを展開するための適当な船舶がなく、マッコウクジラと遭遇確率が高い海域が父島二見港よりもかなり遠いため、AUVを港から曳いていくことも時間的に困難である。そこで、2004年度のJAMSTEC深海調査研究各船一般公募に応募、2004年9月7日から9月18日の期間、小笠原海域での「かいれい」によるマッコウクジラ観測航海KR04-11として採択された。KR04-11航海では、われわれが開発した2組のハイドロフォンアレイとAUVによるマッコウクジラの観測システムの実験をおこなった。使用したAUVは、すでにザトウクジラの調査にも用いている「AQUA EXPLORER 2000」、前翼に4個のハイドロフォンから成るハイドロフォンアレイを装着し、機内にはマッコウクジラ追跡ソフトを搭載している。さらに、母船のForeとAftから二組のハイドロフォンアレイを降ろして、2003年度のように母船単独でのマッコウクジラの位置情報の取得を可能とした。この際、母船のForeとAft間のベースラインが70m程度に制限されるので、精度を保つためにハイドロフォンアレイのフレームサイズを30cm立方体から1m立方体へと大型化した。
 本観測システムは、初探によりマッコウクジラが発見できた時には、ForeとAftのハイドロフォンアレイを投入し位置測定をおこなうとともに、マッコウクジラの発見海域にAUVを展開、ロボットはハイドロフォンアレイを使って鳴音の方向を探知し、母船と通信をおこないながら、マッコウクジラの位置を特定し、接近・観測行動を試みるというものである。KR04-11航海では、AUVによるマッコウクジラの追跡ソフトを起動させることができ、約2分間のマッコウクジラの鳴音録音に成功した。ただし、AUVがマッコウクジラを追跡するところまでは実験を進めることができず、AUVに搭載しているカメラによる撮影でもマッコウクジラあるいは餌となるダイオウイカの姿をとらえることは出来なかった。マッコウクジラ出現のタイミングとAUV展開のタイミングの問題、母船の機械ノイズの問題など解決すべき課題も残っている。このため、2006年度のJAMSTEC深海調査研究各船一般公募に再び応募、2005年9月4日から17日の期間、今度は「なつしま」によるマッコウクジラ観測航海NT05-15として採択された。
 なお、KR04-11航海の詳細については、すでにリアルタイム航海日記として本HP上で公開しているので、そちらをご参照いただきたい。

30cmスパンのハイドロフォンアレー  2003年

100cmスパンのハイドロフォンアレー  2004年

AUVによるマッコウクジラ観測全体構想  2004年

2005年マッコウクジラ観測航海 NT05-15

 JAMSTECの研究船による小笠原海域でのマッコウクジラの観測実験も今回で2回目となる。前回は、われわれが開発した2組のハイドロフォンアレイとAUVによるマッコウクジラの観測システムの実験のみをおこなったが、2回目となる今年度はもっとチャレンジングな観測方法を開発したいと考えた。このため、当初は、無人飛行機(UAV: Unmanned Aero Vehicle)による海表面に浮上しているマッコウクジラの探索とAUVによる水中探索を組み合わせることも検討したが、これは「なつしま」では、十分なヘリポートスペースが確保できないことから断念した。しかし、同じように小笠原の海を舞台に研究を続けている、小型高性能化が進むデータローガーをマッコウクジラに装着し、ダイビング中の深度データなどを得る研究を進めている東京大学海洋研究所天野雅雄氏のグループ、マッコウクジラの餌といわれる深海性巨大イカであるダイオウイカなどの生態を研究している国立科学博物館の窪寺恒己氏のグループと共同連携観測をおこなうことによりロボット展開による研究の幅を拡げることを企画した。このため本航海には、天野グループと窪寺グループがプロジェクトメンバーとして参画、2組のハイドロフォンアレイとAUVによるマッコウクジラの観測システムの実験を進めるとともに、データローガーによるマッコウクジラの観測および水中曳航式カメラによるダイオウイカの撮影を試みる。
 これらの連携プレイにより、タグを装着したマッコウクジラをAUVが追跡してその航跡を辿ることが可能となり、AUVおよびデータローガー双方からのデータを取得できる。また、AUVと曳航式カメラの両方を使うことでダイオウイカの撮影のチャンスを拡げ、その潜在的生物量の観測を進めることが可能となるなど、マッコウクジラの生態解明に向けて前進することが期待される。  なお、2組のハイドロフォンアレイとAUVによるマッコウクジラの観測システムに関しては、昨年度の経験を踏まえて、マッコウクジラ追跡ソフトの改良をおこない、ForeとAftのハイドロフォンアレイの軽量化を図り、立方体から三角錐へと形状を変更するとともに、母船の機械ノイズ対策としてもう少し深く下げることにするなど、さまざまな対応と対策をこうじて準備を進めている。

三角錐型ハイドロフォンアレー  2005年

航海に向けて

 本航海に向けて、JAMSTECの協力を得ながら参画研究グループ一同はさまざまな準備を進めてきた。9月4日から毎日お届けする航海日記では、その成果一端をご紹介していきたいと思う。ホームページをご覧になる皆様からご声援いただけるよう研究に取り組んでいきたいと切に願う。

 なお、本研究グループは、下記の組織から構成されている。

東京大学生産技術研究所(IIS)浦研究室
東京大学海洋研究所(ORI)天野研究室
早稲田大学理工学部コンピュータ・ネットワーク工学科柳澤研究室
インド工科大学(IIT)デリー校
国立科学博物館
(株)KDDI研究所
国際ケーブル・シップ(株)(KCS)
(有)システム技研
小笠原ホエールウォッチング協会(OWA)
日本放送協会(NHK)
海洋研究開発機構(JAMSTEC)

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