2001年4月23日



自律型海中ロボットによるザトウクジラの認識と追跡に成功



東京大学生産技術研究所
 海中工学研究センター


1.概要
 東京大学生産技術研究所海中工学研究センター(センター長:浦 環 )はKDDI研究所(株)
(所長:秋葉重幸)、国営沖縄記念公園水族館(館長:内田詮三)と共同で 自律型海中ロボット(注1参照)を鯨類の観測用プラットフォームとして利用する研究をおこなってまいりました。
この度、国際海洋エンジニアリング(株)(社長:白崎勇一)の協力を得まして、ロボットを沖縄県の慶良間諸島にて展開し、ロボットによるザトウクジラ(注2参照)の追尾および鳴音の録音に成功しました。

 東京大学生産技術研究所は4つのハイドロフォンからなる小型のパッシブソナー(注3参照)を開発し、ザトウクジラの鳴音の認識し、認識された鳴音が来る方向と距離の解析を自動的におこなうことを可能にしました。この装置を、(株)KDDI(株) の子会社の国際海洋エンジニアリング(株)が海底ケーブルの調査のために新たに建 造した「アクアエクスプローラ2000」(図1注4参照)に搭載し、沖縄県島尻郡座間味村の久場島沖西方(図2参照)に展開しました。ロボットは、遠方から聞こえるザトウクジラの鳴音を聞き、ザトウクジラの方向へと水中を進み、ザトウクジラに約50mという所にまで接近しました。

 自律型海中ロボットによる鯨類の観測は世界にも例がないものであり、自律型海中ロボットによるザトウクジラの追尾は世界で初めての試みです。

2.ロボットとクジラ観測装置
 図3は、クジラ観測装置の概要です。その構成は、
1)4本のハイドロフォン(水中マイク)
2)アンプ
3)AD変換器(8kHz16bits)
4)DSP(デジタル信号処理装置)
5)コンピュータ
6)ロボットの主コンピュータとの通信装置
から成り立っています。
 DSPおよびコンピュータは、ハイドロフォンからの信号を処理します。メモリに入っている典型的なクジラの鳴音と類似する音を信号の中から探して、雑音とクジラの鳴音とを区別します。指定された鳴音に近い音(注5参照)を観測すると、4つのハイドロフォンから来る波形の位相差を検出して、鳴音の来る方向を求めます。この値をロボットの主コンピュータに伝え、ロボットに行動を促します。

3.潜航の概要
 昨年3月に引き続き、2001年3月12日より16日まで、沖縄県島尻郡座間味村を基地として、慶良間諸島沖に12月頃から3月頃まで滞在するザトウクジラを認識、追跡、録音する試験をおこないました。昨年はザトウクジラの鳴音を録音するだけに留まりましたが、本年度は、ソフトウェアを改造し、また、新しく建造されたロボットを使って試験をおこないました。今回は、ロボットの安全を守るために、ロボットがクジラを探知すると、支援船上のオペレータにその旨を伝え、支援船から行くべき方向の指示をロボットに与えました。

1)クジラがいそうな海域まで小型の支援船でロボットを運びます。
2)ロボットを船から降ろして、約60mの深度までロボットを潜航させます。
3)そこで、ロボットの推進器や舵(エレベータ)を止めて、ロボットは耳を澄ませ、30秒程度、海中の音を録音します(注6参照)。その間、ロボットは浮量が重量よりも大きいので徐々に浮上していきます。
4)ロボットは、録音された中にクジラの音が入っているかを調べます。
5)ロボットは、クジラの音が入っていればその方向を求め、母船のオペレータに知らせます。
6)母船のオペレータは、方向の信頼性を確かめて、行くべき方向を指示します。
7)ロボットは、約60m深度に再び潜り、指示された方向に進み、運動が安定すると、再度、耳を澄ませ、クジラを探索します。

図4は、2001年3月16日の探索と追尾の様子です。内容は以下の通りです。

1)8:53に潜水を開始しました。
2)9:12にクジラの鳴音を認識して、南南東にいることが分かりました。音圧は120dB以下で極めて小さい音です。したがって、ロボットは南南東へと進んでいます。また、別のクジラが鳴いているようなデータもあります。
3)9:44までに2kmぐらい南下して、クジラの鳴音は大きく聞こえるようになりました。
4)10:26になると鳴音は140dBを越えるようになり、クジラが直ぐそばにいることが予想されました。また、方向も南南東に変わってきました。
5)10:30頃に、母船から50mぐらいのところにクジラが一頭浮上してきました。
6)10:44過ぎにクジラは突然歌うのを止め、北の方向へと移動したもようです。
7)12:00頃には北北東の方から微かに鳴音が聞こえました。これは、同じクジラではないかもしれません。予定の時間が来たので、ロボットを浮上させ、母船に回収して、16日の試験を終わりました。

 ロボットは、約2時間半にわたってクジラを追跡し、50mの至近距離にまで接近することに成功しました。

3.今後の研究課題と可能性
 今回の試験では、次のようなことが確認されました。
・新しく開発したパッシブソナーと認識装置は、2.5kmぐらい遠方からでもクジラを認識して、方向を求めることができる。
・ロボットはクジラに約50mまで接近することができた。
・ロボットは、水中深く(60m深度)から鳴音を聞くことができた。
・ロボットは、速度が遅いながらも、クジラを追跡することができた。
・ロボットがザトウクジラに接近して録音した鳴音を図5に示す。

今回は、最初の追跡試験でしたので、ロボットの判断をいちいち人間が干渉して、内容を確かめました。しかし、雑音の少ない海中では、ロボットのクジラの認識と得られた方位の信頼性は高く、ロボットに全てを任せて追跡することが可能です。
 今回は小型で扱いやすいアクアエクスプローラ2000を使っています。このロボットは、母船が随伴することを前提として計画されています。東京大学生産技術研究所が開発しているアールワン・ロボットのように長距離を母船の支援なしで潜航できるロボットを使えば、全自動でクジラの追跡ができると考えられます。その場合、ロボットはクジラが来そうな場所の海底で待機していて、クジラが来れば追跡するという観測形態が可能になります。

4.おわりに
 自律型海中ロボットは、海の中を観測する新しいプラットフォームです。動く計測器といってよいでしょう。

 クジラの研究者は、ロボットによって雄雌を判別したり、個体の大きさや行動を観測してほしいと希望しています。今回の試験を基礎に、次のステップでは、そうした観測行動ができるようにロボットの自律性を高めていきたいと考えています。

 クジラを観測するには、自律型海中ロボットだけでなく、海底に固定されたハイドロフォンアレーのような施設との共同作業も魅力的です。図6は、ハイドロフォンアレーによりクジラの行動を観測し、自律型海中ロボットでクジラに接近するという新しい観測システムの提案です。このような観測システムを開発設置することにより、海中における鯨類や魚類の生態の理解が進むことが期待されます。

注1)自律型海中ロボット:
エネルギをロボット内に持ち、自らのコンピュータ内の プログラムで潜航する無索無人潜水機。海中観測のための新しいプラットフォームと して活躍が期待されている。AUV(Autonomous Underwater Vehicle)と呼ばれる。東 京大学生産技術研究所が開発したアールワン・ロボットは2000年10月に静岡県伊東市 沖合の海底火山「手石海丘」の観測に成功し、火口の鮮明な音響画像を撮影してきて いる。日本のAUVとしては、上記以外に、KDD研究所(現KDDI研究所)が開発したアク アエクスプローラ2が海底ケーブル調査に使われて成果を挙げている。アクアエクス プローラ2000はその後継機である。
注2)ザトウクジラ:
夏に北太平洋で生活しているザトウクジラは、冬季に日本近海 まで南下してきます。慶良間諸島沖合や小笠原諸島沖合に集まることが知られていま す。ザトウクジラの雄は鳴音(ソング)と呼ばれる独特の音を出します。そのメロデ ィーは年によって異なると言われています。国営沖縄記念公園水族館では約10年にわ たって慶良間諸島沖合で観測をおこない、個体の識別をしています。
注3)パッシブソナー(Passive SONAR : SOund Navigation And Ranging):
目標が 発する音を計測することにより所用の情報(目標の方位や種類など) ハイドロフォンの周波数:〜100kHz
注4)アクアエクスプローラ2000:
KDDI研究所が開発したアクアエクスプローラ 2をベースに潜航深度と航続時間の増大を図った水中ロボット 建造:2001年3月 所有:国際海洋エンジニアリング(株) 主たる業務:海底電線の調査 空中重量:300kg 搭載CPU:80486 OS:VxWorks/Tornado 潜航深度:2000m 最大速力:3knots 航続時間:16時間(@2 knots)
注5):
過去に録音された鳴音の一つのユニット(1秒程度)を参照データとしていま す。参照データ数は4で、いづれかの参照データとしきい値を越える相関があった場 合に、クジラの鳴音とします。参照データの数はコンピュータの処理能力により変わ りますが、数秒に一ユニットしか鳴かないザトウクジラの場合は、処理速度はほとん ど問題になりません。今回は、まず30秒間録音して、そのデータを処理しています 。
注6):
鳴音はハードディスクに録音しています。録音できる最大長さは500分です 。
 

本件についての問い合わせ先
連絡先:
・全体について
東京大学生産技術研究所海中工学研究センター
センター長、教授 浦   環
〒153-8505東京都目黒区駒場4−6−1
電  話:03−5452−6487
ファクス:03−5452−6488
E-mail:ura@iis.u-tokyo.ac.jp
ホームページ:http://underwater.iis.u-tokyo.ac.jp

・アクアエクスプローラについて
KDDI研究所(株)
プロジェクトリーダ 小島 淳一
〒356-8502埼玉県上福岡市大原2−1−15
電  話:0492-78-7843
ファクス:0492-78-7839
E-mail:kojima@kddlabs.co.jp

・ザトウクジラについて
国営沖縄記念公園水族館
館長 内田 詮三
〒905-0206沖縄県本部郡字石川424番地
電  話:0980-48-2742
ファクス:0980-48-4399
E-mail:expo.uchida@nifty.ne.jp

添付図:自律型海中ロボットによる鯨観測の概念図(本図はhttp://underwater. iis.u-tokyo.ac.jp/からたどればダウンロードすることができます)