ばら積み貨物を研究して25年

(出典: 造船研究)

東京大学生産技術研究所 / 教授  浦  環

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1.ばら積み貨物との出会い

 昭和46年の秋、卒業論文のテーマが各研究室から発表された。 私の相棒は現在石川島播磨重工業に在職している信太明人君である。彼は、テー マ選びは君に任す、というので、かねてから授業で気に入っていた(このよう な言い方は先生に失礼かも知れないが、生意気盛りの大学生としては当然のこ とである)山本善之先生の研究室をターゲットとした。山本研からは3つのテー マが出ていた。ストラットの座屈、有限要素法による船体の全体解析、それに 鉱石ペレットの挙動、である。先生の部屋におじゃまして、
 小生:先生の研究室で卒論をやりたいんですけど...(おどおど)
 先生:(即座に)君は計算機が好きそうだから船体の解析のテーマはどう?
 小生:それじゃなくて、鉱石ペレットというのはどうでしょう...
 先生:じゃ、それをやりなさい。なんでそれがやりたいの?
 小生:なんだか聞いたことがなくて面白そうじゃないですか。
 先生:フーン。
ということで、ばら積み貨物だとか粉粒体だとかいう泥沼の分野 に入り込んでしまった。ボ丸やカ丸の事故が話題の時であった。
2.貨物の液状化との出会い

 昭和54年9月、当時の船舶局安全企画室で伊藤茂運輸技官か ら、微粉精鉱や類似物質のばら積み輸送の際に水分値が多いと液状化が発生し 船が転覆する事故が起こり、これを防止するために水分値のガイドラインをど のように設けるかがIMCO(現IMO)で長年に亙って議論され、対応に苦 慮している、と聞かされる。研究室に帰ってさっそく液状化の研究に取り組む。 昭和56年度からは船舶技術研究所の翁長艤装部長(当時)を座長として造船 研究協会にRR22基準部会が2年間おかれ、振動3軸試験を初めとするばら 積み貨物の液状化に関する基礎的な研究がおこなわれた。この部会では、現象 の理解が深まったが、新たなガイドラインの提案あるいは判定法の開発には残 念ながら至らなかった。
3.高等海難審判庁参審員

 昭和56年奥尻島沖で石炭を積んだ祥海丸が沈没し、昭和59年函館地方海 難審判庁で裁決があり、続いて高等海難審判庁で審議されることになった。後 に審判庁長官になられる三田達三主席審判官と君島通夫審判官が小生の部屋に 来られ、祥海丸の審判に参審員として参加するように要請された。人を裁く (事故原因の判定のみでなく、乗組員の行動が妥当であるかどうかを判断する) ようなことは、小生のように行儀の悪い生活をしているものには不向きである と思う、と申し上げた所、審判官は皆酒飲みであり、なにも裃をつけて生活し ているわけではないので心配は要らない、といわれて、引き受けてしまった。 英国が、石炭の液状化の発生を判断するために、ピンポン玉を使った「振動法」 というものを開発していて、これを使えば祥海丸で起こった現象を説明できる であろう、と踏んでいたことも引き受けた理由である。行儀の悪さから、面白 がってもらえても他人からはなかなか信用されない小生が、参審員という肩書 きがあれば、外見と実情のギャップを説明しやすくもなろう。履歴書には必ず 高等海難審判庁参審員と書くことにしている。
 この事故では、船が転覆した後、乗組員は全員救命いかだに乗り移る。しか し、これが転覆し、裏返った救命いかだの底に這いあがった人たちが、一人ま た一人と死んでいくたいへん悲惨な事故であった。一旦事故が起こると、即物 的に失われた損害のみでなく、その後処理のために海上保安庁、警察、海難審 判庁、学識経験者、それらを取り巻く事務方、マスコミ、当事者である会社な ど多くの労力が注ぎこまれる。一つの事故の影響の大きさは容易に計り知れな いものであることを痛感させられた。十回をはるかに越える検討会や弁論ある いは鑑定の結果として昭和61年に結審するのだが、この過程は小生にとって 極めて貴重な経験となった。
 船舶艤装品研究所の田中正人氏に、「振動法」を使って祥海丸の積み荷の石 炭の鑑定をしてもらい、そこで計測された石炭の運送許容水分値が採用される こととなる。この値に基づいて事故原因が解釈された。田中氏には、その鑑定 書の内容について、審判庁において宣誓して説明してもらった。小生が審判官 席から質問してお答願ったが、沈着冷静な彼もさすがにあがったらしく、後で 聞くと、誰が質問していたのかもわからなかったほどであったそうだ。
4.貫入法の発明

 英国の振動法は、試料の中にピンポン玉を入れ、これを振動させ、液状化が 起これば玉が表面に浮き上がってくるということを判定基準にしている。なか なか良い方法であるが、浮力の調整ができない難点がある。そこで、重りを試 料表面に置いて、これが沈んでしまえば液状化が発生したとする試験法を考え た。これならば重りの圧力を調整することができるので試験の自由度があがる ことになり、また、時々刻々の深さも計れる。昭和61年度から始められた第 29基準部会でこれを中心的に取り上げることとし、「貫入法」の概形がほぼ 決定された。
 新しく部会を始めるとき、液状化だけでなく、ばら積み貨物の荷崩れを広く 扱いたいと小生は思った。例えば、「Flow Like Grain」という言葉がSOLASの Grainコードで使われるが、これの定義は曖昧である。BC小委員会で、ある貨 物について穀類の規定の対象とするかどうかが議論されることがあるが、その 貨物の名前が***Grainとなっていれば、それがどんな性状のものかを議論しな いで、見たこともない貨物を名前だけでGrainコード適用貨物に認定してしま う。Like Grainの意味が定義されないまま使われているので、粉粒体力学を研 究してきた科学者である小生としては全く不満である。だいいち、境界上の貨 物を分けることができない。しかし、わが国では(わが国船籍の船ではという べきであろう)このような貨物の荷崩れによる海難事故は殆ど起きないようで ある。従って、定義を定めるための予算を単独で獲得することは殆ど不可能に 近いといってもよい。しかし、IMOでも必ず問題になる項目であり、液状化だ けを研究すればこと足りるとすることは貨物の安全性上で片手落ちである。そ こで、運輸省と造船研究協会とを説得して、RR29の研究項目に入れてもらった。 その説得は苦しかった。同じことを何度も何度もいい、やっと認めてもらった のだが、後に問題になるニッケル鉱などをIMOで議論するのにこの準備は非常 に役だった。
5.国際実験

 出来上がった「貫入法」は次の利点がある。

  1. これまでに試験法のなかった石炭に対して使用できる。
  2. 微粉精鉱に対しても重りの重量を変えることにより適用できる。
  3. 実験データの再現性がよい。
これらの利点を判断すると、BCコードに試験法として規定されて いる信頼性の低い「フローテーブル法」を「貫入法」に置き換えるのが妥当で ある。しかし、そうするにはどうすれば良いか。方法は2つあるように思えた。

a)国内法に取り入れ、実績を作ってIMOに出す。

b)最初からIMOに出す。

貫入法は新しい方法であるので実績が少ない。開発者はその良さを理解しては いるが、専門家でないIMOのBC小委員会参加者に理解させるには、非常な苦労 が予想される。日本の規則は、BCコードとは違って貨物によらないで水分値の 上限が定められているので、国内輸送に関しては実績が自然にあがるはずもな い。また、国際輸送はBCコードでおこなわれるので、貫入法を使うことはない。 したがって、ただ手をこまねいていては、貫入法の実績あがったり、認識が深 まったりはしない。
 そこで、運輸省に、局長通達なりなんなりの便宜的な処置を講じて貫入法の 利用を促進してくれないかと、頼み込んだ。本来ならばそのような頼み込みは、 小生のすることではない。役所の側から何らかの処置が自然に起こるべき筋合 いのものであるが、ばら積み貨物の特殊性を考えるとそのようなことはなさそ うである。液状化する物質を運ぶ船の安全性を考えると、よりよい方法の導入 を促進することはそのオピニオン・リーダーであると自負する小生の義務であ る。1時間ぐらいの説明説得も虚しく、1)の提案を運輸省は簡単に断った。 SOLASの改正に伴って、近い内に国内法も変わるし、また、そのような通達を 出す必要性が希薄であるとのことだ。その通りで、事故は滅多におこらないの である。運輸省はb)を推薦した。
 これまでのBC小委員会の議論を勘案すると、これは大変なことになりそうで ある。ただ提案してもBC小委員会の委員にその良さは理解されない。ぜひとも、 彼らに貫入法を実施してもらって、貫入法の導入に賛成してもらう必要がある。 そこで、RR78の研究の中で国際共同実験をおこなうことをBC小委員会で提案す ることになった。
 英国、ポーランド、ノルウェー、それにオーストラリアが協力してくれるこ とになった。オーストラリアはワーキングの議長国でもある。しかし、困った 問題があった。それは、各国会計年度が違い、小委員会の開催も変則的である 条件の基で、研究のための予算獲得をそれぞれの国がしなければならないこと である。日本は基本的な装置を提供するのだが、それが3セットなのか5セッ トなのかでは、予算額が異なってしまう。このような経験の少ない小生は、多 いに困ったが、造船研究協会と艤装品研究所のご努力により、なんとか2度に 亙る国際共同実験をおこなうことに成功した。
 1992年の第32回BC小委員会で貫入法はプロクター法とともにBCコードに導入 されることになった。伊藤氏と会ってから実に13年が経過していた。工藤課長 からは基準部会で直々にお褒めと労いのお言葉を賜った。
6.裏話

 貫入法の対案として、プロクター法という方法がある。粉粒体は水分値の違 いにより硬く締まったり緩くなったりして密度が変化するのだが、プロクター 法は最大密度になる水分値をもって液状化を判断するクライテリアとするもの である。北欧諸国はこれを国内法として実施している。小生は、どうしてもこ れに賛成することができない。ある条件の元では、考え方に大きな間違いはな いのだが、動的な性質を静的な性質で推定しようとするプロクター法のセンス が嫌いなのである。スエーデンは毎回毎回これをBCコードに導入するように提 案文書を提出してくる。ワーキングの座長をしているオーストラリアのトルー マンも小生の意見に当初は賛成で、スエーデンにバックデータを提出するよう にといって、取り上げない対処をしてきた。しかし、ある時、なかなか進まな いのに業を煮やしたかあるいはスエーデンに説得されたか、トルーマンはワー キングでの議論を途中で切り上げて、これを本会議に上げることにしてしまっ た。ペラペラペラとやられて反対する発言をするひまもなかった。小生は、本 省からきているK君に助けを求めた。喧嘩好きの彼は、手続きがおかしいしバッ クデータがないことをロビーでトルーマンに主張し、かれのワーキング運営に 文句をつけてこれを潰した。横で聞いていた小生は、自分の非力を恥じるとと もに餅は餅やであるということを痛感した。それから2回後のBC小委員会で両 者とも採用されるのだが、この時点では、貫入法の国際実験をこれから計画し ようとするときだったので、ここでプロクター法だけが採用されていたら、貫 入法への関心が薄れ、その後どうなっていたことやら、と冷や汗が出る。
7.本音

 貫入法はフローテブル法やプロクター法に比べて非常に良い方法だと小生は 思っている。すなわち、BCコードでは、フローテブル法を消して代わりに貫入 法を入れることが最上である。第一、3つの方法が併記されていてその差が明 記されていないようなコードは美しくない。他は捨て、貫入法だけになるよう な作戦を当初は組んでいたのだが、国際的に実績のあるフローテブル法や、特 定の国の思い入れがあるプロクター法を排除することは難しいとだんだん考え るようになった。大人になったのかもしれないしが、強い美意識が失われたの かもしれない。実績という言葉が非常に重いので、なかなかこれに勝てないの である。いかに欠点があろうとも、「先んずれば人を制す」あるいは「石の上 にも3年」なのである。
 物わかりのよい小生は、後から出ていって先人のをひっくり返すより、「先 んずる」方が性にあっていると思う。
8.むすび

 先人達のご苦労で海難事故に関する大きな技術的問題の多くはクリアーされ てきている。残っているものはそれほど重大なテーマではないかもしれない。 しかし、それらを一つ一つ潰して海難事故の絶滅に向かわせることが、われわ れ技術者の使命である。(1994年9月暑い東京にて)
ばら積み貨物関係の論文目録

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